「選ばれたのは、綾鷹でした。」は正のフィードバックを生んだ

「選ばれたのは、綾鷹でした。」

このフレーズ、誰しも一度は言ってみたり使ってみたりしたのでは。

そして、店頭のペットボトルが並んでいるところに行って、
何も考えてなかったのにこのフレーズが頭に浮かんできて、
つい綾鷹を買ってしまったことがある人もいるのでは。

この商品、もちろん味も美味しいのですが、
この強すぎるフレーズも少なからず、売り上げに貢献しているはず。

 

このコピーは適用範囲の拡大をそれとなくバレないようにやってのけている

このコピー、元はと言えばテレビCMで使われたフレーズで、
100人の審査員に「急須で入れた緑茶に最も近いのはどれ?」という質問をし、
最も多く選ばれたものが綾鷹であった、と表しています。

だから、このコピーからそのまま事実だけを受け取るとしたら、

「100人に”急須で入れた緑茶に最も近いのは?”と聞いたら綾鷹が選ばれた」

ということを表しているのに過ぎません。それ以上のことは言ってない。
だから、元々のこのコピーの「選ばれた」が指す適用範囲は、
日本コカコーラ社が集めたたった「100人に」「緑茶の中から」だけでした。

ところが、(おそらく意図的に)その「100人に」と「緑茶の中から」という部分を
忘れ去られるように、「選ばれたのは、綾鷹でした。」というコピーに持っていく。

その結果、「選ばれる」ことが「100人に」から「市場に」というイメージに変わり、
「緑茶の中から」から「ペットボトルから」、「飲料から」、「全てから」と
適用範囲を勢いのままに広げていきました。

 

小さくてもいいから既成事実を作ることの重要性

もちろん、テレビCMを放映する時点において、綾鷹が他の緑茶よりも
「急須で入れたっぽい」と思われるくらい美味しかったことは事実です。
だけど、たった100人です。しかも本当に1回目なのか?何度もやってたまたま何度目かにこの質問で勝っただけじゃないのか?とか色々意地の悪い疑問は生まれます。

しかし、一度「100人に最も多く選ばれた」という事実が出来、それが広まれば、
とりあえず「一番選ばれた」ということは主張できる。
その主張は、「へえー、そんなに選ばれたってことは美味しいはずだ」という気持ちにつながり、そんな気持ちで飲んだお茶は美味しく感じるはずです。

(かの有名なワインの実験がありましたよね。「10万円」というラベルを張った瓶と「3000円」というラベルを張った瓶に同じワインを入れて飲ませてどっちが美味しい?と聞かれると「んー、やっぱ10万円のほうが旨いな」と答える人が多くなる、というやつ。)

優位な先行記憶は、別にそこまで厳密ではない事実ですら充分に作れてしまい、
その記憶によってその事実よりももう一段大きな事実に変わることが出来、
それが更に有意な先行記憶へとつながり、、という
正のフィードバックを作ることが出来ます。

 

「選ばれたのは、綾鷹でした。」から始まる正のフィードバック

今回の綾鷹だったら、

「100人に最も急須で入れたお茶に近いと選ばれた」→
「それを見た一部の人たちが”へえー、じゃあきっと美味しいんだろうな”と思う」→
「飲んでみたら美味しい(と感じる)」→
「売り上げが上がる」→
「えー、こんなに買われているんだ、じゃあ美味しいんだなと思う人が増える」→
「多くの人が飲んで美味しい(と感じる)」→
「綾鷹は美味しいと思う人が増える」→……

とどんどんと続いていく正のフィードバックを得たと思うのです。

でもこの正のフィードバックの一番始まりは、

「たった100人に」「緑茶の中で急須に一番近いのは?」という質問で
最も選ばれた、という事実のみであり、
それを「選ばれたのは、綾鷹でした。」というコピーによって、
一気にその適用範囲を広げていったことが重要だと感じます。

 

一度小さくても既成事実を作り、
そこから拡げるための戦略(今回はコピー)がハマれば、
正のフィードバックを作り、あとは雪だるま式に進むことが出来るんだな、と綾鷹を飲みながらふと思いました。